ユーロビジョン2016オーストラリア代表は、Dami Imの「Sound Of Silence」に決まりました。

2014年にマカオで開催されたABU TV Song Festivalに出場し、一年空けてユーロビジョンにも出場することが決まったDami。今回は、静寂から始まるイントロから、力強いサビへと展開していく、彼女の伸びやかな歌声が生かされたバラードナンバーを披露します。


〈Dami Imのプロフィール〉
Dami Imは1998年に、韓国の首都ソウルで生まれました。
オペラ歌手だった母の影響もあり、小さい頃から音楽に親しんでいた彼女は、5歳の頃からピアノを学び始め、メキメキと腕を上げていったそうです。

ピアノの天才児として韓国で育ったDamiですが、9歳の時に家族とともにオーストラリアへ移住。ブリズベンで新たな生活が始まることになったのです。

オーストラリアでの移住生活が始まったものの、英語をほとんど話せなかったというDamiは、クラスからバカにされる日々を送っていたそうですが、クラスの前でピアノを披露してから、先生も同級生もDamiを見る目がガラッと変わっていったのだそうです。

この出来事がきっかけとなり、「音楽を通して私を表現することができる」と考えるようになったDamiは、ピアノをさらに練習し、クイーンズランド大学で音楽を専攻、さらにグリフィス大学の修士課程に進学し、ジャズボーカルなどを学びました。

ピアノは様々な舞台で披露していたDamiですが、実は歌声はあまり披露してこなかったのだそうで、家で好きなアーティストの歌を歌っては録音し、聞いて鍛える日々を送っていたそうです。中でも、K-POPシンガーのBoAは、年が2つしか離れていないということもあって、歌い方を真似するほど好きだったそうです。

大学を卒業後、ピアノの先生をしていたDamiですが、2013年に転機が訪れます。
オーストラリア版Xファクター第5シーズンのオーディションに参加することになったのです。
 
Dami ImHero」Mariah Careyカバー X Factor Australia第5シーズン予選より)

一般的な東洋人という出で立ちをした女性が、マライヤの名曲を披露すると聴いて唖然とする審査員達の前で、正々堂々と歌いきり、会場から拍手喝采を浴びたDami。移住したての頃に養った精神力でプレッシャーをはねのけ、見事予選通過を果たしたのです。

その後、ブートキャンプの最中で歌詞が飛び、失格の憂き目に遭ってしまったものの、他の参加者が辞退したことで奇跡的に復活を果たし、決勝ラウンドまで進出。見事優勝までこぎつけたのです。

その後、彼女はSony Musicと契約し、オーストラリアで歌手デビューすることになりました。
 
Dami ImSuper Love」)

2013年のデビュー以後、「Super Love」や「Gladiator」といったシングルがオーストラリアのチャートで11位を記録したほか、母国韓国のチャートでもTop20にランクインし、生まれ故郷でも注目されるアーティストへと成長していきました。そんなDamiは、ついに憧れだったBoAにも会うことができたのでした。

2014年にはマカオで開催されたABU TV Song Festivalにも出場。アジア地域に広く歌声を届けました。 
 
Dami ImLiving Dangerously」 ABU TV Song Festival 2014より) 

そして、2016年。
昨年に引き続きユーロビジョンへの出場が決まったオーストラリアの放送局SBSの内部選考により、今度は本家ユーロビジョンへの出場も決まりました。


音楽の持つ可能性を信じ、困難を乗り越えて次々と夢を叶えていったDami Im。
準決勝からの参加となったオーストラリアを、決勝進出、さらには優勝へと導いていけるのでしょうか? 
Dami Imは、現地時間5/12に開かれる準決勝2日目に登場します。


参考:ESC公式、Wikipedia"Dami Im"、Yahoo7 News"DAMI IM: FINDING MY FAMILY (PART ONE)"、Innolife.net”「東洋人初」オーストラリアのオーディション優勝者イム・ダミ、「BoAをまねて歌の練習をした」”